蕎麦屋親爺65歳のつぶやきと少し寂しい自慢話です


by soba884
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人の死と今を生きる意味

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我が屋の家系は、比較して短命で有る。
特に、男子は事故、病気を含めて世間平均と比較して早死で有る。
父六十歳、兄六十四歳、一番長生きした祖父七十四歳。
私の姉兄は、当然としてもっと早く死んで、既に三人が鬼籍に移った。避けられない現実です。

それだからこそ、自分としては、今を精一杯生きて行きたい
そんな思いが、五十歳で会社に辞表を出し、蕎麦屋と言う道に駆り立てた、一つ原動力には間違いない。蕎麦屋に成りきると決めたとき、今までのものを捨てる決心がつきました。
しかし、捨てるということは、新たな執着を生み出します。今もそんな葛藤が続いています。

大学生の時出会った禅宗は執着を捨て、その捨てると言う思いも無くし、無になれと教えています。放下。しかし、何故か捨てられない自分が居る。
人が人間として生きて行くには、いろんなしがらみに繩縛されるが、自分自身が自分を縛っいることが有る。それを捨てる人生を送るために今を生きている。

この頃、身近の人がなくなったり、大事な人の身内が亡くなったりと。
改めて死を感じざるを得ませんし、生きるということを改めて感じざるを得ません。

纏まった文章にならなくてすみません。

明日死ぬと分っているなら決心することも簡単ですが、私を含めた多くの人が迷っていると思います。

手打そば はやし
0745546884
http://www.eonet.ne.jp/~soba884

by soba884 | 2006-04-17 22:45 | 親爺話 | Comments(0)